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ドン妻のささやき

珍生活スタート記念

責任

例えば誰かを殴った。
「傷つけるつもりはなかった」 
なかったのに殴った、とその時点でもう矛盾している。
腹がたつから殴るんでしょう、きっと。
腹のたつ理由があまりに幼稚で説明不可になった場合の言い訳その1。

例えば誰かを裏切った。
「裏切るつもりはなかった」
なかったのに結果裏切った、自分の立場を守るために。
欲に駆られておいしいとこ取りですかね。
でもクールな自分立場が揺らいだ。
人の足場を壊しておいて 知らぬ存ぜぬで通そうとする言い訳その2。

やっていいことと悪い事を学ぶ
これは幼少の頃からしてきたことで
今頃の年になっても 人を傷つけたり、
事の始末を押し付けたりと
自分のケツを拭けない人間がいることを
大変うとまししく思う

言い訳で切り抜けるつもりが 逃げ切れない末に
被害者意識を持つような感覚にさえなれるらしい

その責任を問う方も疲れてきます。
そいつらの思考回路に合わせるのは無理だし、
そこにヒトとしてココロがあれば 
そんなこといちいち説明しなくてもいいのに

最終的にはそれに対して応答すらしなくなる

これが究極の彼らの逃げ道

家族はなにを教えてきたのか

誰も本気で怒ってくれない 周りにも恵まれない
怒っても聞く耳を持たない 周りももうひきとめないのだろうか

責任というのは 重くて面倒くさいものだ

でもそれを背負うことは 
人として学ぶことのひとつなのだと思う

罪を償うという責任とか 社会的立場を自ら立てる責任
いろいろあると思うんですけど。

自分で起こした罪でさえ「どうしようもない」と判断するのは
究極の逃げで、それは繰り返すことを意味する 
人を粗末に扱う人は いずれ人からしっぺ返しをうける。

そこにいきつくまで逃げ道を作ってあげたとしても
そっちにはいかないもので そういう類の人は。

できれば この辺にうろうろしないで
遠くの離れ小島にでも 集まって暮らせばいいのに。

うわー いややな そんな島!

  1. 2006/11/06(月) 00:26:26|
  2. ささやき|
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意思

ちょっと前の中国の強制中絶のニュース報道で
また胎児の死体標本写真を目にしてしまった。

普通のニュース番組で何の予告もなく映る報道の自由。
あえて見たくない人もいるのではないかと思う。

標本といえど死体。
中期以降の中絶には死亡届が必要、そして火葬される。
胎児はれっきとした人間。

子供を持った今―
 
過去の妊娠発覚時の事を忘れたわけではない。
その命を絶つのかと 選択をせまられた、あの悲惨な気持ち。
忘れたくても 心の奥で忘れられないと思う。

子供と過ごす毎日は、やんちゃくれに怒りつつも
だらしない笑顔や 泣き顔 表情のひとつひとつに
その価値を感じる今日この頃ではある。
同時に あの悲惨な気持ちがあって生まれてきた命だとも感じる。
どうすることもできない気持ちでおなかに手を当て、
泣くことしかできない毎日だった。

ただ、選択はせまられても 断固として本能が許さなかったのは
その胎児であった息子の生命力のせいだと思う。
「え?何?オレ生まれるで?」
そんな感じだった。
その生命力と裏腹に自分の精神力のなさにめげたものだ。

なので今でも、中絶に関して敏感に反応してしまう。
過ぎたから他人事 ではなく 
選択を迷ってきた道なので さらに思いも強まっている。

先日もネットで写真を見て 精神的に重圧した気持ちになったけど
今回は 見る準備もなく 突然映った。
日常のちっさい出来事に感動している毎日に
ハッ とした思いとまた重圧感がやってくる。

全ての命は 望まれて生まれてくるものである。

しかし 望まれなくて絶たれた命も この世にあることは否めない。

せめて 再び 繰り返されないように祈りたい。



意思のある命のために。



  1. 2006/10/23(月) 00:33:19|
  2. ささやき|
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勧誘

英語教材のサンプルを申し込んだので勧誘の電話が多い。
覚悟はしていたけど 忙しいところを容赦ない。
頭ごなしに断るつもりもないし
コースもいろいろあるので 聞いてみようと思って聞く。

でも ピンとこないもので 
好みじゃなかったらどうしようもないのだ。
そこを電話の向こうは食いつく。
「みんなはじめはそうなんですよー」

「忙しいので簡潔にお願いします」とはじめに言った、
こっちの都合をお構いなく 「何故うちの教材がいいのか」
延々と話続ける。しまいにはトギもグズグズ・・・

子供の脳みそは柔軟なんですよー、ママ。
1歳で60単語 2歳で250単語 3歳で1000単語 
動詞や名詞の意味を理解できると言われているんです。
大人は1500単語なんですよ すごいでしょう、子供って。


ええ、すごいですよ?
でも1歳で60単語?・・・少ないと思うんだけど。
だって人の名前 10人は覚えてるでしょ?
あと単語、たったの50語?いやいや、
私の知ってる限りの赤子ちゃんたちも トギ助も
もっと理解できていると確信してます。

まだごり押ししようとするので
「正直、いくつか取りよせた中でも
イラストや声、内容全体的に好みではなかった」と答えた。

じゃ どこのを気にいったの と聞かれ
「大してどこのも 欲しいとは思わなかった」
「でも自分で今まで撮りだめしてきた 番組のほうが今はいい」
「なので そちらの商品は今申し込みたいという気がしません」

と答えると
「果たしてそれは子供の教材としてどうなのか?」
「今 お子さんが一番吸収できる時期に
学習の幅をそうやってママが広げてあげられないのは残念ですよね~。」
・・・・と言われた。かなり嫌味口調。

カチン。

子供とふたりでいる時は英語で生活しようと
努力してきたつもりなので カチンときた。

学習の幅をそうやってママが広げてあげられない 
こんなフウに言われる筋合いはない。

電話の向こうで私達の今の幅が見える?
教材を断るだけで幅が広がらないとでも?

価格高いから、これも断る理由だし、絵が気にいらないのも理由。
子供向けのためか 声やテンションが不自然、
日本人が学習するというスタイルで作られている。
トギもさっぱり興味なし。嫌がるものさえあった。

これをやんわり答えると また同じことを言われた。
今度は「残念です」→「子供が可哀想」だと!しつこい!


「教材を買わない=親が子供の学習の幅を広げようとしないのは可哀想と
言われましたが おたくの教材が気に入らなかっただけですよ?」

子供にとって英語が「学習」「遊び感覚で学ぶ」であるうちは
いつかは「挫折する」または「飽きる」ともおもうし
私は「生活の一部にある言語のひとつ」
になってほしいので 英語で生活する時間を作ってる。
親が物足りないと思う教材を断ってなにが悪いんでしょうか。

そう言うと ややこしくなりそうなのでか、そそくさと電話を切られた。

親が目を摘むような言い方で 失礼だと思った。

うちのような事情は少ないにしろ、 
近年は英語教育に力を入れる親も増えている。
先日も親子でいける外国系のイベントへ行ったが、
「マミー」と呼ぶ日本の子がいて、「マミー・・・・」のあとは日本語だった。
あと英語で外人さんと話をしている子がいたが、お母さんとは日本語だった。
お母さんは「ほら、英語で話しして?」
と外人さんと話すよう促していたのが滑稽だった。

教材を活かせるのは親のしたたかな努力にもよると思う。

しかしホントに自分の英語力に自信はない。
でも こうなったら絶対教材なんか あてにしねーぞ。

とココロに渇をいれました。

 

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  1. 2006/10/13(金) 01:47:02|
  2. ささやき|
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導き

子供と英語で接するのには煮詰まる日もあります。
私自身の語学力のなさ、子供の頃から外国文化に接してきてたけど
特に英語はあえてやってこなかった。
外国語で習うならスペイン語だと思っていたクチ。
でも煮詰まってイライラする日は 無理しないようにしてる。
日本語ももちろん覚えてほしいし最近は両方だから一人会話が忙しい。

ああ、誰か 訂正しておくれ。
ああ、誰か 相づちをうっておくれ・・・・

それでも英語で接する得がある。

怒るのに英語を使おうとして怒りの言葉が出てこない。
英語で怒るのって難しいし 「なんて言ったらわかるかな」と
考える間に怒りはおさまり、説明に入る。
本などで調べてみると ニュアンスの違いが日本語とだいぶ違う。
日本語だけで暮らしていたら 赤子漬けの生活だと
イライラして毎日嫌な言葉を吐いてたかもしれない。
単語は増えたね、うん 私もすこし。

なんにしてもこいつのため 
英語生活に固執せず両方がんばらなくてはと思う。


だって日本人だし 日本のココロを教えねば。

先日、スーパーへ行って子供スペースに放したら 
たくさんのボールの中にダイブできる遊具で
ネットが張られてあり、その外側でよちよち歩きのトギ助は
ネットに手を突っ込み、ボールを触っていた。
すると中の男の子が急にボールすくい上げて
トギ助にぶちまけてきた。その子は4歳くらいかなぁ?

ふざけてる?とトギは思い「エヘへ」と笑ってたんやけど

そんな目つきと違ってね、ぶちまけ方が乱暴で
そのうちボールを顔に当ててきた。
トギも「え?」って感じやったけど 
めげずに手に持ったボールで遊ぼうとした。
その子今度はボールを手に持ってトギの顔にバン!と押し当てて
倒れかけた。後ろに私がいたので支え。

枠の外にいるのに力で倒されたので

「君な、そんな押し方したら危ないのわかるやろ??」
と注意した。注意したらまたぶちまけてきた。

そのあとも注意をしてやめない。
そいつの親はどこや???
「ここは危ない事する子がいるから 別の場所行こう、また今度来ような。」
と聞こえるような大きな声でその場を去った。

注意されずに育ってきたんやなぁ。
・・・・その親は枠の外で友達とお喋りしていて。
気づいてる様子さえない。

ああ、嫌だ。こんな子にはなるなよ。
そんな親にはなりたくないし 出会いたくない。
言葉や単語を教えるのも 大事だけど
いい事悪い事 こういうことを 導いていかなければ。


でも普通にココロあって接してゆけば
難しいことではないことかもしれないけど
親の思考が違うと 驚かされることもある。
そんな社会に育つんやもんね。嫌でも。

自由にさせることはある程度導かれてから 
導いてこられたらわかるはず だと私は思う派。
子供の好奇心の芽を摘むこととは違う。
せめて 自分の周りの子達には私の思うマナーは言うている。 

だから「怒らない育児」推奨派の人とは違う。
友達の子だったら軽く注意をする。大人として。
トギ助には怒る。でも「何故怒るか」を説明する派だ。
※納得いかない様子だけど!

・・・・よく怒る。でも同時に「笑いの耐えない家」をも理想にしているが 
自分で笑いをとろうとしているのでこれは大丈夫そうだ。

最近は真似をしては こっちを乗らせておいて
フェイントかけてやめて 自分で笑ってるし。

・・・・・・・なんか悔しいぞ。 [導き]の続きを読む
  1. 2006/10/02(月) 00:30:34|
  2. ささやき|
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無題。

今日ネットで 実際に中絶をされた胎児達の写真をみた。

それを紹介してはった方は「気持ち悪い」と思うか「かわいそう」
と思うか 人それぞれだと書いてたが
取り出す器具を握ってる手の写真とかあって 
私には言葉にならないものだった。

同時に この詩が紹介されていました。

作者・鮫島浩三さん

子供は親を選んで生まれてくる そういう詩です。
たぶんこれ 有名でみたことある人もいるかも。

生まれたのはつい 昨日のことのようだけど
それにまつわるいろんな過去 や状況があって
私たちは今日に至る。

自分が妊娠する前から
女性としてその手術に関して知識はあるつもり。
けど中期中絶の写真を見たのははじめてだった。
決断の前にこの写真を見ていたら
もっともっと強烈に思うことがあったのではないか と思う。

病院によっては母になるはずの女性が術後に見せられるその命 

中絶させた男も見るべきだろう。
もう二度と繰り返すことのないよう。

今日はこのことを書かずにはちゃんと眠れそうになかった。
書いたけどちゃんと眠れないかもしれない。

ひとりごとです。

  1. 2006/09/10(日) 01:38:04|
  2. ささやき|
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