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ドン妻のささやき

珍生活スタート記念

Thanks giving......の裏表

日本ではあまり馴染みのない「サンクスギビング」。
アメリカでは「感謝祭」と題する盛大なホリデー。

今でもアメリカやカナダの家庭では、
ターキーなどの伝統的な料理を並べ、
家族や親類みんなで様々なことに感謝を捧げる日としています。
子供の小学校などはこの日をはさんで数日間はホリデーになります。
ほとんどの職場やお店もお休みになり、テレビではホリデー特番が流れ、
日本の大晦日や元旦のような雰囲気があります。

しかし 伝説の裏にはこんな悲劇も伝えられている。
『サンクスギビングの歴史について調査しているときに、
代々何世代にもわたって口承で伝えられてきたこと』


アメリカに着岸したピルグリム・ファーザーズ(イギリス初の入植者)
は厳しい冬に耐えられず、病に倒れた者が多かったそうです。
その彼らを心よく受けれ、食糧の採集方法や、農作物を栽培方法、
そして収穫物をどのように保存するかなど、
この大陸で住んでいくための術をこのヨーロッパ人達に教えた
ネイティブアメリカン(アボリジノ)であるワンパノアグ族。

今日、そのワンパノアグ族は、Massasoit酋長が死んだあとに
何が起こったか、アメリカ白人達に思い出させようとしている。

1676年、Massasoit酋長とワンパノアグ族が
自分たちの祖父や父親達に施してくれた恩恵に”感謝”の意を
表すかのごとく、ピルグリム達はワンパノアグ族の武器を
取り上げるため何らかの口実を持ち、銃や剣や大砲や点火棒を振りかざし、
ワンパノアグ族を襲った。ほとんどのワンパノアグ族が虐殺され、
Metacometという名のMassasoit酋長の息子の妻とその息子は
西インド諸島に奴隷として売り飛ばされ、
Metacometの遺体は八つ裂きにされた。

それから25年間、Metacometの頭蓋骨は槍の先に突き刺され、
白人達の村に飾られた。
ピルグリム・ファーザーズの本当のレガシーはこんな裏切り行為だった。

今日のアメリカ人のほとんどが、サンクスギビングは大収穫に感謝することだ
と思っているが、そうじゃない。(注:過去の米国大使館のニュースを参照)

1970年までに、ワンパノアグ族は植民地の統治者が発行した
サンクスギビングの声明のコピーを発見し、
その内容を見て恐ろしい事実が発覚した。
植民地の武装集団達が原住民の村の男、女、子供達を虐殺し帰ってきた後、
植民地の統治者はこの大虐殺に感謝するための祝日と祝宴を宣言した。
そして、統治者は他の植民地にも同じようにするよう提言した。
言い換えれば、毎年秋の収穫時が来たら、インディアンを殺して、
祝宴をあげようということだった。

その言い伝えを受け継いできた
プリマス植民地のワンパノアグ族は、他の多くの東部民族と同じく全滅して
これらの部族は今となっては名前しか残っていない。
他の部族に避難できなかったワンパノアグ族の中には
当時の黒人奴隷や自由民と結婚して生き残った者もいる。
子孫を抱えながら、奴隷になることを余儀なくさせられるということは
想像しがたいことだが、インディアンの中にはそうせざるを得なかった
部族もいる。そうした末裔達の言い伝えだそうだ。

Russel Means 氏のウェブサイトから抜粋、文面をなるべくわかりやすくして短縮しました。

私の知るアメリカ人、カナダ人は 
Thanks givingという日を思いっきりお祝いしてる。
だけどパーティ好きな人種ゆえに今更変えられないものだろうと思う。

歴史のない国 というより 歴史は先住民によってはあるんだけど
ある種の人間のせいで 壊されてきた 
そんなイメージが私にはあるアメリカ。
白人のための社会が成り立ってしまっているのも
こういう歴史が真にあるのだと思わずにいられない。

これが事実と思わない人がほとんどかもしれないですね。


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  1. 2006/11/27(月) 23:22:49|
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